校長先生の小窓を開けると

ごあいさつ

このページは、将来、東京動物専門学校の受験を考えている高校生諸君や保護者の方、また、動物園や水族館、観光牧場などの動物関係施設で、働いてみたいと思っているみなさんを想定し書いています。
私の、これまでの動物園勤務などの経験を通して感じたこと、指導いただいた諸先輩のこと、世界の動物園と日本の動物園の違いなど、あれこれ、書いてみようと思っています。

自己紹介

生まれは、北海道札幌市中央区、北海道大学獣医学部卒の獣医師です、卒業後は神奈川県などで、狂犬病予防員やと畜検査員を数年経験。その後、故郷の札幌市役所にUターン、その間、保健所、動物管理センターなどを経て、円山動物園長を最後に退職、動物園勤務は14年間。退職後は社団法人日本動物園水族館協会(以後、略称の日動水とする)で専務理事として数年間勤務し、平成24年4月から東京動物専門学校長として現在に至る。
ごあいさつ

このページは、将来、東京動物専門学校の受験を考えている高校生諸君や保護者の方、また、動物園や水族館、観光牧場などの動物関係施設で、働いてみたいと思っているみなさんを想定し書いています。
私の、これまでの動物園勤務などの経験を通して感じたこと、指導いただいた諸先輩のこと、世界の動物園と日本の動物園の違いなど、あれこれ、書いてみようと思っています。

自己紹介
生まれは、北海道札幌市中央区、北海道大学獣医学部卒の獣医師です、卒業後は神奈川県などで、狂犬病予防員やと畜検査員を数年経験。その後、故郷の札幌市役所にUターン、その間、保健所、動物管理センターなどを経て、円山動物園長を最後に退職、動物園勤務は14年間。退職後は社団法人日本動物園水族館協会(以後、略称の日動水とする)で専務理事として数年間勤務し、平成24年4月から東京動物専門学校長として現在に至る。
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第9回
卒業生に聞いてみました 東京都多摩動物公園 永田さん

1214

東京都多摩動物公園 永田 典子さん(東京動植物専門学院卒業生)
1987年(昭和62年)4月入学、1989年(昭和64年)3月卒業

北 村

 お久しぶりです。いきなりですが、永田さんはわが校では伝説の人??になっています。

永 田

 えっ、どうしてですか?

北 村

 それは、わが校の初の卒業生で、しかも、卒業以来ずっと都の動物園で活躍しているからです。
そこで今回は、あこがれの都立動物園の飼育員を目指している高校生やその保護者の方に、飼育現場の仕事の様子などを知ってもらいたいと思い、聞きにやってきました。
ではさっそく質問です。現在の担当動物は?

永 田

 現在は、コアラと、2016年6月に公開されたタスマニアデビルを担当しています、
2頭のデビルは、都立動物園での初の飼育になるんですよ。
他には、パルマワラビー、シマオイワラビーなども担当しています。

北 村

 国内では、久しぶりのデビル飼育だと思いますが、多摩動物公園でのきっかけと目的は何ですか?

永 田

 タスマニアデビルは、かつてはオーストラリア本土にもいました。しかし、現在はタスマニア島にのみ野生個体群が生息しています。減った理由というのは、デビル顔面腫瘍病(噛んだりすることで直接癌腫瘍が感染し口の周りにできる腫瘍が大きくなって餌が食べられなくなる病気)が続き、そのためレッドリストの絶滅危惧種になってしまいました。そこで、オーストラリア政府とタスマニア州政府が中心となり、タスマニアデビル保全プログラム(SAVE THE TASMANIAN DEVIL PROGRAM[STDP])を立ち上げ、その一環として「タスマニアデビル大使プログラム」を開始しました。どのような内容かというと、デビルをオーストラリア以外の動物園でも飼育展示することで、タスマニアデビルとデビルの置かれている現状を知ってもらおうという教育普及的な役割のプログラムです。今回、多摩動物公園がこのブロググラムに参画し、2頭の飼育を昨年から開始したところです。


(写真1)SAVE THE TASMANIAN DEVIL PROGRAM


(写真1)SAVE THE TASMANIAN DEVIL PROGRAM


(写真2)多摩動物公園のタスマニアデビル


(写真2)多摩動物公園のタスマニアデビル

注: SAVE THE TASMANIAN DEVIL PROGRAM [STDP]とは

セイブ・ザ・タスマニアデビル・プログラムとは、デビルの絶滅を食い止めるためのプログラム。その目的は、永続的にデビル野生個体群を維持すること。飼育下繁殖や野生デビルの管理・研究、更には飼育下繁殖個体の野生への導入などの諸活動を組み合わせて行っています。飼育施設は多摩動物公園のような動物園、またマライア島などの島、隔離された半島など幅広く存在しています。今回多摩動物公園にやってきたデビルは、本プログラムのアンバサダー・プログラムの一部であり、また、アメリカ、ニュージーランド、ヨーロッパの諸動物園も同じように参画しています。
(今年6月のデービット・ペンバートン氏:セイブ・ザ・タスマニアデビル・プログラム プログラム管理者:の講演要旨より抜粋)

北 村

 実は私自身も、以前、札幌の円山動物園勤務中にデビルを飼育し、繁殖賞をいただいた経験があります。

永 田

 そうなんですか!大先輩ですね。今日はインタビューされるより、かえって逆に、いろいろ教えて欲しいことがたくさんあります。(笑)

北 村

 いえいえ、質問を続けましょう。ところで、多摩動物公園に来たデビルは、タスマニアのトロワナ動物園のアンドリュー園長のところからの個体ですよね。永田さんもタスマニアへ研修に行かれたんですか?

永 田

 はい。2度、タスマニアへ研修に行きました。


(写真3)トロワナでの研修中(デビルの保定。)


(写真3)トロワナでの研修中(デビルの保定。)

北 村

 実は、私は昨年のデビル歓迎式典時に、アンドリューさんと久しぶりに再会したんです。
文字通りの「Long time no see.」でした。
これが、30年ほど前のアンドリュー副園長との写真です。


(写真4)アンドリューさんと私(1990年)


(写真4)アンドリューさんと私(1990年)

永 田

 アラ!!若い。私が、アンドリュー園長と初めてお会いした時は髭が長くて、どこかの仙人のようでした。随分と、変わりましたね。(笑)


(写真5)多摩でのデビル歓迎会であいさつするアンドリュー園長(2016年)


(写真5)多摩でのデビル歓迎会であいさつするアンドリュー園長(2016年)

北 村

 では今度は、永田さんが学校卒業から現在の多摩動物公園勤務まで、どんな動物関係の仕事に就いてきたのかを教えてください。

永 田

 はい。私は、1987年4月に24名(男12女12)第1回の新入生として入学し、2年後の1989年に卒業(22名)しました。その時は就職先が決まっていなかったのですが、まもなく埼玉県の狭山市立智光山動物園でアルバイトとして、2年間ほど働くことができました。園の有料化に伴うアルバイトの採用で、当時埼玉県に住んでいた私にその話が来たというわけです。
最初は主にチケット窓口業務ということでしたが、やがて副園長のはからいでホタルの飼育補助やふれあい広場の補助、ニホンザルの人工哺育などいろいろやらせてもらえるようになりました。
そして、1991(平成3)年に東京都の業務職の採用試験に合格し、多摩動物公園で4年、更に井の頭自然公園では16年、そして再び、今の多摩動物公園というわけです。


(写真6)入学式(1987年4月、真ん中右から3人目が永田さん、卒業アルバムから)


(写真6)入学式(1987年4月、真ん中右から3人目が永田さん、卒業アルバムから)


(写真7)北海道での酪農実習時(1987年9月、真ん中)


(写真7)北海道での酪農実習時(1987年9月、真ん中)


(写真8)学年対抗校内球技大会時(1988年、右端)


(写真8)学年対抗校内球技大会時(1988年、右端)

北 村

 デビルやコアラの飼育について、少し教えてください。
まず、デビルですが苦労しているところはどんなことですか?

永 田

 デビルは動物の死体を食べる「スカベンジャー」で、どんな肉も食べるという話だったのですが、実際には、日本の肉だとそういうわけにはいかず、選り好みをするんです。
そこで、日によって与える種類・量・与え方・与える時間などに変化を持たせ、飽きさせないようにするのが大変です。あとは、日本の高温多湿の気候になじめないようです。夏にはまったく動けなくなります。


(写真9)多摩動物公園のデビルの解説版


(写真9)多摩動物公園のデビルの解説版

北 村

 次にコアラですが、国内の動物園ではかなりの数が繁殖していますが、実は死亡数も多くて、結果的には少しずつ減少しているようですね。

永 田

 大変残念なことなのですが、どうも繁殖上の問題で、オス・メスの相性が大きいようです。
最近は、オスは気が弱く、メスは気が強い個体が多くなっていて、ペアリングがうまくいかないことが多いんです。また、クリプトコッカス症やレトロウィルス由来の疾病を発症して死亡することも問題になっています。コアラは100%近くこれらの細菌やウィルスを保有しているので、これといった対策がないのが現状です。

北 村

 ところで、私が住んでいるは練馬区の城北公園には、多摩動物公園の施設として数棟のユーカリ温室があるんです。

永 田

 そうなんですか。お近くにお住みなんですね。そこで育ったユーカリは、コアラに人気があるんですよ。キットおいしいのだと思います。

北 村

 ところで、永田さんは「都立動物園の女性飼育員」としては、初めての採用に近かったのではないですか?

永 田

 そうですね。数人ですが、私の前にも女性はいました。しかし、私が採用された年は景気がよかったせいか、特に採用者が多かったようです。とはいえ、技能系(動物飼育)としての女性採用は初めてのようでした。当時の多摩動物公園の園長は、増井光子園長でした。女性初の園長ということで、マスコミにたくさん取り上げられていました。そのせいか、私も女性の飼育員ということで、新聞に「小さく」掲載されました。(笑)

北 村

 ところで、東京動物専門学校のこの春の新入生(29期生)は153名で、内訳は女性113・男性40名でした。
そのため、学校の施設も少し変えたんですよ。夏休み中に、新館2階の男子トイレを女子トイレに改造したんです。

永 田

 えっ、それほどですか!今は、入学者の半数以上が女性なんですね。
確かに東京の動物園も、女性が多くなってきています。昔はそれぞれの園に数人だけでした。
そこで、年に1度集まる「女性飼育の集い」というのがあった程なのですが、
珍しくなくなったんですね、もうなくなっています。

北 村

 東京動物専門学校を選んだ理由を聞かせて下さい。どうして、わが校を選んだのですか?
永田さんが入学する当時は、学校はできたばかり。
ほとんど世の中には知られていなかった存在だと思うのですが。

永 田

 私は、動物が好きだったからだと思います。実は、高3の時に、東京動物専門学校が開いている体験入学に参加しました。
ライオンの子供を抱っこさせてもらったり、ヤギの仔にミルクをあげたりとか、さまざまな動物との触れ合いをやらせてもらいました。期待以上というか、とても楽しい時間でした。
でも、動物園に就職するのは難しいということはわかっていたので、とりあえず在学中の2年間だけでも、学校で飼育している野生動物を近くで見られ・触れられる、そんな学校ならいいかなと思って選んだのです。

北 村

 永田さんがわが校を卒業されて随分と時間経ちましたが、仕事の上で、学生時代の何が役に立っていると思われますか?

永 田

 あまりに昔のことではっきりしないのですが(笑)・・・。個々の動物飼育の技術についは、仕事に就いてから覚えなければならないことなんですが、学校で学んだ清掃や調餌、ロープワーク、動物の捕獲とかは、即、役に立ちましたね。あとは、実習場で様々な種類の動物を見られたことは、その後の仕事に大きかったのではないかと思っています。

北 村

 これまで多摩動物公園と井の頭自然公園に勤務された中で、相性の良かった動物は何ですか?
逆に相性がわるかった動物は?その場合は、どのようにしましたか(笑)?

永 田

 これまで、大きな哺乳類はヒグマ、小さいものはネズミ類、鳥類では大型のツルから小さな和鳥、ふれあいではモルモット、日本産の動物、海外の希少種・・といろいろ担当してきました。
代番まで合わせると、相当な種類数になると思います。毎回わからないことだらけで、一から調べてどんな動物かということの自分にインプットをしなければなりません。
入ったばかりの頃でしたが、上司に「ツルは苦手!」だと言ったんです。そしたら、逆にその担当になったこともありました。担当になったら、自分がその個体について一番知っていなければいけない存在にならないと、その動物は扱えないという教えでした。
辛い時もありましたが、頭を切り替えて慣れるしかなかったと思います。

北 村

 本校の学生が、研修や実習でお世話になっています。
そこで、最近の学生気質どのように感じられていますか?
厳しい言葉でも結構です(笑)。

永 田

 いろいろなタイプの実習生がやってきます。でも一般的には、自分の興味のある動物や事例については熱心に聞いてきますが、興味のないものについては全く関心を示さないというように、
二つに分かれることが多いように思います。沢山の動物のいる多摩動物公園で実習するのですから、全ての動物が面白く、興味あふれるものだと思うのですが・・・、最近の若者は淡白なのでしょうか。
実習生を受けるこちらとしては「(作業が)終わりました、次は何をしますか?」とか積極的に声を出して行動する人のほうが「お、やる気があるな」と感じます。難しい事を話そうとしなくていいんです。せっかくの機会ですから、やる気がないと思われるのはもったいないですね。

北 村

 最後になりますが、動物飼育を長くやられている永田さんから、本校で学ぶ後輩に一言アドバイスをお願いします。

永 田

 まずこの仕事は、体が資本なので体力を維持すること。そしてチームで仕事をするので、人とのコミュニケーションを上手にとれることは重要です。それに、他の人の担当動物にも興味を持つことも大事です。話を聞いておくと、後々それがヒントになることがあります。うちの職場は年齢性別問わず、よく情報交換のおしゃべりをしています。
なんにでも、好奇心旺盛なほうがいいですね。自分の好きな動物だけに限らず、虫や植物を含む生物全般に、興味を持つのがいいと思います。
植物だってその一つです。特に、草食獣や類人猿の飼育係の人々は、エサとなる樹木や雑草をよく勉強し、知っています。多摩動物公園は沢山の樹木に囲まれていますから、その中の木の枝を切り、葉を与えています。エンリッチメントの一環ですね。
また昆虫園や爬虫類を担当することもあります。担当場所は自分では選べませんから、何にでも興味を持てることは大切だと思います。
あと、出来たら・・・英語。今はネットで検索すると簡単に最新の海外の動物情報を得られる時代になりました。ですから、海外の動物の飼育担当になったときには、その情報は世界中から得られます。ですから、上手に話せなくとも、せめて英文を読めたらいいなぁと。まさに今、痛感しています(笑)。
みんな頑張ってね。


(写真10)永田さんと私


(写真10)永田さんと私


(写真11)サマーナイトのリーフレット(2017年)


(写真11)サマーナイトのリーフレット(2017年)


(写真12)ショップで人気のデビルのクッキー


(写真12)ショップで人気のデビルのクッキー

第9回 おわり
第8回
卒業生に聞いてみました 宇部市ときわ動物園 川出さん

915

第1回  宇部市ときわ動物園 川出比香里さん(22期生)
先ず、下の動画をごらん下さい。
 私は、動物園や水族館などの訪問時には、卒業生に声をかけ、最近の仕事の様子や飼育動物についての質問をするようにしています。
今回は、山口県宇部市の「ときわ動物園」で飼育員として活躍している、22期生の川出比香里さんにお会いし聞いてみました。


(写真2)川出比香里さんと私


(写真2)川出比香里さんと私

北 村

 当校の卒業生は全国で頑張っていますが、特に最近の川出さんの活躍ぶり、~ハズバンダリートレーニングや環境エンリッチメントに関して(注1)~が気になっていました。そこでこれから本校を目指す高校生やその保護者の方に、動物園の飼育係の実際の仕事のことを知ってほしいと思い、新しい世代の代表として川出さんのお話しを聞きたかったのです。
確か、川出さんは卒業後「埼玉こども動物公園」にアルバイトとして就職。しかしその後、どうような経緯で現在の「ときわ動物園」になったのですか。

川 出

 在学中は就職活動がうまくいかず、卒業式当日にも就職先が決まっていない状況でした。しかしその後、埼玉こども動物公園のアルバイトとして採用していただき、動物園の飼育員の一歩を踏み出すことができました。
埼玉こども動物公園はとても好きな動物園でしたし、先輩方もよく指導してくださってとても働きやすい職場でした。でも、アルバイト中も、他園の正規職員への転職を考えて就職活動を続けました。


(写真3)卒業式時の川出さん(真ん中)


(写真3)卒業式時の川出さん(真ん中)

正規職員を希望したのは、経済的な面はもちろんですが、正規職員になると、できる仕事の幅が広がるためです。
そして、埼玉こども動物公園での仕事を通して様々な先輩方の仕事への考え方を知り、自分が何をすべきなのかようやく気が付きました。
私は、自然と動物、自然と自分とのつながりを伝えられるような仕事がしたいと思いました。そう考えたときに、動物そのものだけでなく環境まるごとを見せる生息環境展示に魅力を感じ、そんな動物園で働きたいと思いました。そこで、ときわ動物園を受験。採用面接で動物園のリニューアルに向けた強い姿勢を感じました。
「この園で働きたい!」
私の地元・埼玉からは離れた土地でしたが、きっと充実した日々が送れるだろうと思いました。

北 村

 現在の担当動物は、国内ではかなりの少数種のトクモンキー、ハヌマンラングール、更にシシオザルですね。シシオ以外は、ときわ動物園とモンキーセンターにしかいないような種、かなり面白そうだけど自分で手をあげたのですか。

川 出

 担当動物は、特に希望を出すわけではなく組織の決定です。
実は、学生時代、サルは苦手で富里の実習では毎回「サル舎の担当になりませんように」と願っていたくらいです。しかし今は、すっかりサルの魅力にはまってしまっている自分です。皆さんも担当すれば、きっとどの種も好きになるだろうと思いますよ。

北 村

 シシオ以外の繁殖計画はかなり難しいと思うのですが、海外動物園との調整など必要ですね。

川 出

 はい。私の担当動物に限らず、当園ではすべての種で繁殖計画を作成していて、種によっては国内外の動物園と協力していかなくてはなりません。

北 村

 面白いなと思ったのは、川出さんが担当のシシオザルにドリアンを与えてみようと計画したことです。結果は残念でしたが、そのアイデアはどこから思いついたのですか?

川 出

 アイデアというほどのことではありません。すでにご覧になったかと思いますが、当園のシシオザル展示場には、ジャックフルーツを模したフィーダーがあります。
しかし、シシオザルの食性や生息環境を展示に則して伝えるためには、本物のジャックフルーツを与えてみたいと思ったのです。
でもジャックフルーツは手に入りづらいし、また多くのお客様がそれを見てドリアンと勘違いされるのです。その様子を見て、それなら外見が似ていて外皮を食い破る姿などを見せることができるドリアンで代用してみたいと思いました。ドリアンは世界一臭い果物としても有名でイベントとしてのインパクトもあるので、お客様の興味をひけるのではないかなと考えました。ただし、ドリアンはジャックフルーツと違って野生のシシオザルの採食果実ではなく生息地にもないものなので、誤解を与えないように伝える必要がありました。
それに、そのほかのトロピカルフルーツも一般のお客様は原産地まで知らない方が多く、見栄えがするからと安易に使用すると間違ったイメージを植え付けてしまいかねないので、伝える際には注意しています(ドラゴンフルーツは南米産)。
このように、食べものをテーマにしたイベントも行っているので、注目していただけるとうれしいです!


(写真5)トクモンキーのハンモック上で食事


(写真5)トクモンキーのハンモック上で食事

北 村

 確かに、川出さんのSAGA(注2)発表やホースの利用、トレーニングなど挑戦する心意気が素晴らしく応援したくなります。新しく面白そうなことへの挑戦する心は生来のものですか。それとも、学校の授業などを通して培ったものですか。

川 出

 ほめていただき、ありがとうございます。挑戦という意識はなく、動物のために必要なことをピックアップしているだけなのですが・・・。私は、ほんらい前に出るタイプではないですし、学生時代は目立たない方だったと思います。もし評価していただけるような心意気が育っているとしたら、仕事を始めてからではないかと思います。
それに、この園の宮下園長は、末端の飼育員にも歩み寄ってよくお話しをしてくださるので、職場の雰囲気も明るく、楽しく働かせていただいているからだとも思います。

北 村

 ホースの利用などで電動ドライバー等を器用に使っていますが、それは富里の各種雑務での経験が活かされているのですか。


(写真6)間にエサを隠します(ときわ動物園公式FBから)


(写真6)間にエサを隠します(ときわ動物園公式FBから)

川 出

 はい。実は、私は不器用で学生時代も得意ではなかったのですが、実習で様々な工具を使用した経験がおおいに役に立っていると思います。それに今は、必要に迫られているので、それで徐々に上達してきたのかなと思います。

北 村

 授業の中で、面白く興味のあった科目はどんなものでしたか。

川 出

 正直、学校の成績はよくなかったのです(笑い)。でも、疾病の授業は好きでした。イヌ・ネコがメインの内容でしたが、先生のお話しが面白く、内臓や内分泌系の働きに関心を持つきっかけになりました。

北 村

 現在の職に就いていて、学生時代の何が役立っていると感じていますか。

川 出

 それは、学生課のみなさまからの礼儀や生活態度についての指導です。技術的なことは就職してからでも身に付きますが、何にでも丁寧に取り組む仕事に対する姿勢や目上の方への言葉遣いを、学生時代に習得するのはとても大切だと思います。

北 村

 最後に、実習や学校祭は死ぬほどがんばれとか、後輩に伝えたいことは?

川 出

 知識や技術は就職してから学び身につくことが多いのですが、学校で厳しく教えていただく礼儀や生活態度、またいろいろなことに興味関心をもつ姿勢を大切にしてほしいと思います。そしてそれぞれに進みたい分野で、就職して自分が何をしたいのか、それが社会にとってなぜ必要なのかを考える時間をもって、学生時代を過ごせるといいのではないでしょうか。
体が資本ですので体調管理をしっかりして、何事も死なない程度に頑ってください(笑)。

校長のまとめ

 2017年2月に「ときわ動物園」を訪問しました。
ときわ動物園の宮下園長は、大阪・天王寺の園長から、近畿大教授へ、更には現在のときわ動物園の園長という経歴、動物に対する情熱は人の数倍はある方です。
私とは、20数年来の知人ではあり、最近の活躍ぶりを知り、お二人に、是非、会ってみたいと訪問しました。
  川出さんとはFB仲間です。彼女の担当動物の現場を見てみると、いろいろな仕掛けや工夫があり感心しています。川出さんは、22期生(2010.4入学2012.03卒業)は入学98名、卒業者は72名と、かなり学生の少ない時代でしたね。


(写真7)宮下園長と私


(写真7)宮下園長と私

※注1-1:ハズバンダリートレーニング
日本語訳は「受診動作訓練」。動物園や水族館で、安全で健康的に飼育するため、採血や検温といった健康管理、緊急時の治療や投薬がしやすい体勢を取ることを覚えさせること。エサなどの褒美をあげることで、ストレスなく自主的に手足を出したり口を開けたりするほか、方向転換したり移動したりするよう教える。日本では、水族館のイルカやアシカへの訓練は進んでいるが、動物園での導入は近年本格化した。動物と飼育員両方の安全を確保するため、大型動物や肉食動物などで特に必要性が高いといわれている。
出典|朝日新聞掲載「キーワード」について

注1-2:環境エンリッチメント
動物園での飼育環境は、動物たちが長年かけて適応してきた本来の生息地の環境と比較すると、どうしても狭く、単純で変化が少ないものになりがちです。そこで、こうした飼育環境に工夫を加えて、環境(environmental)を豊かで充実(enrich)したものにしようという試みが環境エンリッチメントで、「動物福祉の立場から、飼育動物の“幸福な暮らし”を実現するための具体的な方策」のことを指します。(市民ズーネットワークHPから)

注2:SAGAとは
SAGA (アフリカ・アジアに生きる大型類人猿を支援する集い)はチンパンジー(およびボノボ)、ゴリラ、オランウータンの3属4種に分類される大型類人猿の現状と将来について、研究・飼育・自然保護という立場から考えるために集まった非営利団体です。
SAGAでは、1998年から毎年シンポジウムを開催しています。シンポジウムでは、大型類人猿の研究・飼育・自然保護に関した多くの講演、発表、分科会がおこなわれ、興味がある方なら誰でもご参加できます。
第8回 おわり
第7回
【後編】東京動物専門学校卒業生の学校生活と最新就職状況

714

「校長の部屋」は特別編、最新の就職状況や入学から卒業までの様子を、2回にわたってお知らせしようと思います。
今回はその続きです。

5.実験動物・動物病院

JTクリエイティブ、埼玉医科大学、三協ラボサービス、ケーエーシー四谷どうぶつ病院、中馬動物病院、小鳥の病院、桜新町動物病院、チェルシーアニマルクリニック、以上9施設12名です。
内訳は、実験動物施設は4施設7名で、動物病院は5施設5名です。

冨里飼育場には、実験動物用動物のマウスやラットなどを多数飼育し日常管理をしているので、就職すると卒業生は即戦力になります。
そのためか、動物病院には毎年数名が就職しています。数年前まで本校にも動物看護コースがありましたが現在はありません。しかしながら、就職先の複数の動物病院長の話によると「本校の卒業生は動物の取り扱いや社会人としての基礎ができているので、すぐに仕事ができる」との理由で採用されています。また、就職人数が比較的多いのは、本人の自宅から病院が近いなど種々の事情も重なっているようです。

次に、最近5ケ年の状況です。

この表は、過去5ケ年間で3年(回)間以上就職できた施設です。
実験動物関係企業としては医科系大学や製薬会社などが想定されますが、直接採用とともに、派遣先になっているケースも増加しているようです。
次に動物病院関係は、本校に寄せられる求人の内、最多企業(203施設435名)です。
全国の動物病院数は年々増加し、現在は1万病院を超えているという背景があります。
数年前から、動物看護士資格が統一、一本化され「認定動物看護師」として発足し登録者数は17,489名(2017年4月現在)にものぼります。職種として国家資格化を目指していますが、今後の動向が注目されます。


(写真1)動物園のモルモットとのふれあい


(写真2)動物病院で働く卒業生

6.ペット販売業

ペットのコジマ、COO&RICU、いぬねこcafeLuna、ヨネヤマプランテーション、AHB、こんぱまる、ペットランドゴリラ、東京アクアガーデン、以上8施設16名です。

最近5ケ年の状況です。

この表は、過去5ケ年間で、2年(回)間以上就職できた施設です。
ペットのコジマとCOO&RICUには毎年就職し、特にゴジマは27期生6名、26期生5名と複数名が採用されています。1ケ月間の施設研修やその他の実習などを体験した学生の多くが採用されています。


(写真3)ショップのネコ


(写真4)ショップで陳列されている犬用衣類

7.動物ふれあい施設

モフアニマルワールド、アニマルルームいけもふ、とりみカフェ、鳥カフェ、DOG HEART From アクアマリン、(株)ユニマット、6施設に9名が就職しました。

今回から、就職分類先に追加しました。それは、数年前からの新業態施設で、毎年コンスタントに就職しているからです。マスコミなどに取り上げられていることもあり、学生の認知度が高いことも理由の一つと思われます。実例として、就職後、数か月で施設の責任者になることなどから、本校卒業生の動物取扱の熟練度が高いことの一つの証明といえるかもしれません。
今後の動向が注目される業種です。


(写真5)昨年の学校祭からフクロウの森


(写真6)カラフトフクロウ

8.あまり知られていない就職先について

この5ケ年間に就職した「意外!珍しい? 」職場を紹介します。
(1) 宮内庁車馬課、式部職鴨場
  車馬課は皇居内の宮内庁にあり、外国大使信任状捧呈式のための儀装馬車による送迎に使用される馬車や馬の管理等をしています。鴨場は市川市にある鳥類の飼育施設で、いずれも国家公務員になります。
参考:伝統引き継ぎ鍛錬の日々 宮内庁車馬課主馬班 (YouTubeが開きます。)
(2) 保育園・幼稚園
所沢文化幼稚園やしおん保育園などへ、毎年、就職しています。いずれも、園で動物飼育施設を有し、それらの動物を教育に使用しています。ある保育園長さんに採用の理由をお聞きしたところ、園の保育士さんは女性が多く、ほぼ全員、動物は苦手とのこと。そこで、本校卒業生を採用し、動物管理をさせながら、やがては保育士の免許を取得させようという計画ということでした。
参考:所沢文化幼稚園自然観察園のホームページ
(3) 養鱒(マス)場、養鯉(コイ)場、県養殖漁業協同組合、家畜改良センターなど、マスなどの川魚を養殖する施設や、牛・豚などの家畜の増殖改良などを目的とする独立行政法人の施設です。
以上、これで就職状況終わりにします。
就職が先になり順序が逆になりましたが、ここからは入学から卒業までの様子をお知らせいたします。

Ⅱ:入学から卒業まで

1.受験者の傾向
表1は、23期から29期までの7年間の受験者総数(青色)の変化です。24期は23期と比較すると100名もの急増でした。その原因は、2011年5月にフジテレビの番組「リアルスコープ」を見た高校生や保護者が本校の様子を知り、それが受験のきっかけの大きな理由になったようです。テレビの影響力はとても大きいようです。その後は毎年200名を超えていますが、28期は少し届きませんでした。

2.合格者と入学者の傾向
28期が合格133名で入学128名が最小数、24期が合格162名入学156名で最大数でした。
合格者数と入学者数の差(入学辞退者)は、23期が8名と最大でしたが例年数名程度です。
次に、試験区分別にみると、29期生154名中一般受験合格者は16名に過ぎず、他は推薦と若干のAO合格者です。そのため、本校を受験するには、学校からの推薦を受けていることが重要になります。

3.入学者数と卒業者数について
いろいろな事情により退学者が出ています。学校では、退学防止のため全力を挙げて取り組んでいますが、ゼロにするためには相当な対策が必要です。
退学者の割合は、23期生は20.1%(入136/卒108)と最大で、逆に、27期生は7.0%(入155/卒144)と最小でした。今後とも1名でも少なくなるように、指導に努めたいと思います。

まとめ
本校の入学から卒業までをお話ししました。この大学全入の時代に、あえて専門学校を選択する理由は何なのでしようか? 個人個人でその思いは異なることとは思いますが、本校に入学されれば、かなり濃密な2年間になります。多くの動物を実際に見て触り、エサを作り、さらに多くの研修・実習先で現場体験することで、自分に適した施設は? 動物は? という疑問への答えが自然に出てきます。
以上で、皆さんが、「まるで動物のような」本校を選択されることを望み、特集を終わりとします。
第7回 おわり
第7回
【前編】東京動物専門学校卒業生の学校生活と最新就職状況

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「卒業すると、どんなところに就職できるのですか?」「こんな職場で働きたいと思っているのですが、希望はかなえられますか?」これらは、本校の受験を考えている高校生や保護者の皆さまから良く尋ねられる質問です。そこで、今回の校長の部屋は特別編、最新の就職状況や入学から卒業までの様子を、2回にわたってお知らせしようと思います。
実は、4月5日第29期生153名を迎えての入学式がありました。その学校長式辞の中で新入生や保護者の皆さんに、3月に卒業した27期生144名の就職状況について動物園名や水族館名などを具体的にあげて説明しました。
そして「諸君も2年後にはこれらの先輩の後に続いていけるよう頑張ろう!」と励ましたばかりなのです。
その内容の詳細をお話しします。

1:就職状況

27期生(2017.03卒/2015.04入学)144名の内、就職希望者143名の分野別就職状況は次の通りです。

(1)就職率について
HP上やマスコミでは常に98%以上の就職率となっています。
しかし実際は、ほぼ毎年100%状態です。というのは、4月に入っても企業から「今年の卒業生で誰かいませんか」との求人が常態化しているからです。

(2)正社員と非正規職員について
 今年の就職決定者143名中、正規職員は48名で33.6%です。
最近は改善されてきているようですが、一昨年は労働者の非正規職員が全体の4割を超えたと、マスコミなどで大きな話題になりました。しかし、新人は数字的には1/3しか正規職員になれませんが、もちろん勤務を継続し正規職員に登用される場合も少なくありません。

(3)本人希望と求人とのギャップについて
就職希望企業からの求人が毎年あるとは限りません。あくまでも企業の都合によるので、企業に就職するのか、動物関係の仕事がしたいのかが重要となります。
例として、こどもの時からの夢で、上野動物園の飼育係になりたかったので就職先も上野とした場合を考えてみます。まず、東京動物園協会の試験を受け合格しなければなりません。また合格しても、勤務先は上野、多摩、井之頭、葛西水のいずれかの園となり、必ずしも上野にならない場合もあるのです。

(4)動物園水族館以外の就職先について
本校への入学動機の90%以上は、動物園水族館の飼育員希望です。しかし、実際に就職したのは、40%弱と半数以下でした。「どうしてか?」その理由です。
ア.高校生時には、動物関係の仕事は、動物園水族館の職員しか想像できなかったこと。
イ.本校で実際に動物に触れ、先輩の話を聞き、研修先で色々な仕事に触れることで、動物園水族館以外に、酪農から始まり幅広く様々な職場があることを認識、理解すること。
ウ.そこで、自分にマッチングした職場を選択することができること。
エ.その他、家庭の事情、勤務場所、待遇などの条件、就職時期等があること。
次に、就職先の具体的名は次の通りです。

1.動物園名

浜松市動物園、秋田市大森山動物園、東京都恩賜上野動物園、江戸川区自然動物園、市川市動物園、横浜市緑の協会、埼玉県こども動物自然公園、キャンペルタウン野鳥の森、東武動物公園、日本平動物園、須坂市動物園、名古屋市東山動物園、海の中道海浜公園動物の森、九十九島動植物園森きらら、岩手サファリパーク、那須どうぶつ王国、富士サファリパーク、群馬サファリパーク、市原ぞうの国、伊豆アニマルキングダム、伊豆シャボテン動物園、富士花鳥園、iZOO、大内山動物園、神戸どうぶつ王国、嵐山モンキーパーク、ネオパークおきなわ、以上27施設41名です。
  北は「秋田市大森山動物園」で、南は「ネオパークおきなわ」であり、全国に広がっています。一般的に、動物園・水族館に就職できるのは、学業成績が上位の学生です。次に、過去5年間の主要施設の就職状況は次表の通りです。

この表は、過去5ケ年間で3年間(回)以上就職できた主要施設です。東京動物園協会へは毎年就職しており、勤務場所は上野、多摩などです。また、横浜市は緑の協会が採用先となり、ズーラシア、野ケ山、金沢動物園が勤務地になっています。いずれも学業成績トップグループの学生が合格する割合が非常に高く、かなりの難関です。
次に毎年採用されているのは、群馬サファリパークと富士サファリパークの国内の2大サファリパークで、27期生は群馬に3名、富士には7名と複数名でした。また、埼玉こども、東武動物公園と市原ゾウの国は、この5ケ年で、4年間(回)採用されています。


(写真1)新入生を対象に行われる上野動物園特別案内授業の様子


(写真2)上野動物園で働く卒業生

2.水族館名

鶴岡市加茂水族館、アクアワールド茨城県大洗水族館、鴨川シーワールド、葛西臨海水族園、京急油壺マリンパーク、下田海中水族館、伊勢シーパラダイス、太地町立くじらの博物館、宮島水族館、以上9施設14名です。
北は山形県の「加茂水族館」で、南は広島県の「宮島水族館」になり、動物園同様、全国に広がっています。
次に、過去5年間の主要施設の就職状況は次の表の通りです。

この表は、過去5ケ年間で2年(回)間以上就職できた施設で、前記の動物園と比べると、毎年採用の水族館は皆無です。最多は5年間で4回採用の「鴨川シーワールド」と「くじら博物館」の2施設のみ、他は多くて2から3回です。その理由は、動物園と水族館の職員数に比例する場合が多く、もともと水族館職員の募集が少ないためです。
そして付け加えておくことは、女子学生の場合は、学業ももちろんですが「体力」と「華」と「キレ」が必須でかなりの狭き門です。そして、男子学生の場合は、従来は水族館を目指す学生の多くはイルカなどのトレーナーを希望する女子であったのが、最近は増加していることです。
もちろん、トレーナー以外の水族魚類の飼育担当者としても、多数の卒業生が就職し活躍しています。


(写真3)都立葛西水族園の特別授業で先輩の話を聞いている様子


(写真4)鴨川シーワールドで活躍している卒業生

3.観光牧場等

マザー牧場、成田ゆめ牧場、アロハガーデンたてやま、カワヨグリーン牧場、南が丘牧場、服部牧場、磯沼ミルクファーム、ワールド牧場、阿蘇ミルク牧場、ZOOKISS、どうぶつむら、パソナふるさと、以上12施設22名です。
北は、青森県の「カワヨグリーン牧場」で、南は熊本県の「阿蘇ミルク牧場」です。

この表は、過去5ケ年間で2年(回)間以上就職できた施設で、全国で8施設あります。毎年はマザー牧場のみで、4年間(回)は成田ゆめ牧場と南が丘牧場の2ケ所です。
マザーと成田は、地元千葉県の施設であること。そして、学生が幼少時から行き馴染んでいたことや、企業側が本校卒業生を以前から採用し、その実力や活躍状況を把握しているなどの理由が考えられます。
これらの観光牧場では、飼育業務はもちろんのこと、お客様対応いわゆる接客業務も大きなウエイトを占めているためバランスのとれた本校卒業生が採用される理由と思われます。



(写真5)マザー牧場見学学習の一コマ

4.馬酪農畜産

ノーザンファーム、ビッグレッドファーム、キタジョーファーム、八ヶ岳ロングライディング、ウエスタン乗馬クラブ、ウィルスタッド、パロミノポニークラブ、リバーサイドステーブル、久米島馬牧場、(9-11)那須千本松牧場、千葉県みるく農業協同組合、千葉エッグファーム、きうち牧場、みうら、丹後ジャージー牧場 (6-7)以上15施設18名です。

内訳をみると、馬関連(競走馬、乗馬)は9施設11名で、牛(酪農、肉牛)や畜産(鶏、豚)関連は6施設7名でした。最近は、施設が観光牧場化したり、乗馬クラブなどはどちらかというとサービス産業的性格を持っており、更に一部は6次産業化するなど多様化が進んでいます。今年は、沖縄本島の更なる南方の久米島の乗馬施設に就職が決まり、ここが卒業生の就職施設の最南になりました。

この表は、過去5ケ年間で、2年(回)間以上就職できた施設です。
馬関連の特徴として考えられるのは、興味を持っている学生の絶対数が少ないこと、求人企業数(29施設82名)が少ないこと、また北海道などの競走馬育成牧場から身近な一般市民対象の乗馬施設まで、都会から地方まで広範囲なことなどです。
一方、酪農畜産関係求人は88施設223名と、動物病院(203施設435名)に次ぐ多数であり、特に昨年度は農協や組合などの各施設から直接本校へ求人の募集説明に来校され、現場では極度に人出不足であることがひしひしと伝わって来ました。それは、TPPをはじめ一次産業の国際化の問題などで、今日の日本の酪農業の抱える問題を痛感するものでした。


(写真6)乗馬の練習風景


(写真7)学校祭で人気者のジャージー牛

少し長くなったので、今回はこのへんで。
ふれあい施設からは次回にします。
第7回 おわり
第6回
もう一つの花子物語

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2016(平成28)年5月26日、東京都井の頭自然文化園(以下、井の頭)で飼育されていたアジアゾウの「はな子」が呼吸不全のため69歳という高齢で死亡。そして、同年9月3日にお別れ会が開催されました。なんとその会には (写真1)、3,000名近くの参加者がありました。
動物園では、多くの動物が誕生し死亡します。しかし、今回の「はな子」の様に大勢の方々がお別れ会に参列するなどという例はとても珍しいと思います。それはきっと、70年もの長期間に渡り飼育されていたために、沢山の人との出会いと思い出がそれぞれの人々の心に残ったためと思われます。
しかし一方、同じ「花子」という名前がつけられながらも、あまりその生涯を知られずに亡くなったゾウもいます。今回は、そのゾウの話をしようと思います。
その「花子」は、1964(昭和39)年に来日し、1980(昭和55)年に南米パラグアイでわずか20歳弱で死亡したタイ生まれのゾウです。井の頭の「はな子」に比べ約1/3の寿命、しかもそのゾウ(人)生は余りにも「はな子」とは違い数奇なものでした。


(写真1)「はな子」のお別れ会の様子(東京ズーネット,公式から)


(写真1)「はな子」のお別れ会の様子(東京ズーネット,公式から)

先ず、年表を見てください、これから分かるとおり、

井の頭の「はな子」は
タイ(1947) → 上野動物園(1949) → 井の頭自然文化園(1954) → 死亡(2016)
もう一つの「花子」は
タイ(1964) → 京都市動物園(1964) → 円山動物園(1966) → 旭山動物園(1967) →(自宅)北海道内2ケ所温泉地(1968) → 清水市三保ランド(1976) → 静岡市(1976) → 南米パラグアイ(1980) → 死亡(1980)
のように、8個所の施設を転々とし、最後は南米パラグアイで死亡しています。
この「花子」は、タイで生まれ(注:1)、1964年から京都市動物園で飼育され、旭山の園長予定者が円山動物園の前園長であったことから旭山動物園の開園に合わせ動物商から購入したものです。開園前年の1966年(昭和41)から耐寒訓練も兼ねて円山動物園で預かり越冬させられました。(写真2) (他にキリン、シマウマ、ダチョウも預かる)
ところが、円山動物園来園時から脚が変形しておりクル病が疑われたので、カルシューム剤やビタミン類を与えられ治療を受けていました。

(注:1) この「花子」の出生年については正確には不明です。動物商によると、1964年にタイで生まれ同年に京都市動物園に移動したと説明されています。しかし、当時、旭山の初代獣医師として円山動物園で研修中のK野獣医師によると、円山では3頭のゾウを飼育していたが1961年に円山に来園したリリー(写真2では、右側のゾウ)と比べても「花子」は大きく、出生年は動物商の説明による1964年ではなくそれより数年前の生まれではないかということでした。


(写真2)札幌市円山動物園での花子、円山の2頭と共に飼育されていた(中央が花子、1966年秋)


(写真2)札幌市円山動物園での花子、円山の2頭と共に飼育されていた(中央が花子、1966年秋)

1967年(昭和43)、「花子」は耐寒訓練で過ごした円山動物園を離れ、開園した旭山動物園に移動、1年間展示されました。
開園前から旭山動物園は、クル病の「花子」と他のゾウとの交換を購入先の動物商に強く要求していました。しかし開園には間に合わず、やむなく展示となったのでした。翌1968年(昭和43)6月になってやっと代替えゾウが旭山に到着しました。そこでクル病の花子は、はく製業者のS田氏へ、骨格標本を作製する目的で払い下げられました。それは「花子」の生涯が幕を閉じるという意味でした。


(写真3)旭山動物園の開園用に作成されたポスター(同園HPから) 写真のゾウは、花子と思われます


(写真3)旭山動物園の開園用に作成されたポスター(同園HPから) 写真のゾウは、花子と思われます

ところが、S田氏は約束した標本作りをしないばかりか、しかも札幌市郊外の自宅で「花子」とともに生活し始めました。はく製業者がゾウと暮らす!普通の人には想像がつきません。
どうしてそうなったのでしょうか?
その理由は、彼の著書にもはっきり書かれていません。しかし想像するに、北海道内随一の剥製標本作成の専門家であるS田氏は、その当時は既に会社を息子に譲渡し無職であり、犬猫や小動物と一緒に生活していました。その上、動物に関してかなりの知識や技術があったため、すぐに剥製にせずに、しばらくクル病の治療を続けようと考えたのではないかと思います。
やがて花子は、治療のかいがあって歩けるまでに回復しました。そしてこのころ、S田氏と花子の生活が、全国紙Y新聞の大スクープとなり、以後連日のようにテレビ・新聞など多くのマスコミが訪れ全国一の有名ゾウになっていきました。ひょっとすると当時は、井の頭の「はな子」よりも一般の皆さんに良く知られていたゾウかもしれません。
その理由を考えると、
1.「花子」がクル病というハンディを背負っていること、
2.S田氏が身をなげうってクル病の治療に当たり、ある程度回復させたこと、
3.NHKをはじめとして新聞、週刊誌など、当時の主要マスコミが美談として大々的に取り上げたこと、そのために、国会議員、市長、芸能人など多くの著名人が応援してくれるようになったからだと思われます。また一般の方々からは、激励の手紙やエサ(根菜類)の寄付はもちろんのこと、更には、金品などが全国から数多く送られてきました。
その後「花子」の病状は一進一退を繰り返しました。しかし、北海道の温泉での約5年間の治療の効果がみられたために、さらに生活場所が点々とすることになりました。
一時は生まれ故郷のタイのジャングルへ返還する案が出ました。しかしタイへの帰国はかなわず、北海道よりは暖かいところで治療を続けようということになり、テレビ局の斡旋により静岡県清水市の三保ランドに移動、その後の話の行き違いにより静岡市内で生活、更には温暖なパラグアイで生活させられることとなりました。ニューヨークを経由してパラグアイ国アスシオン動物園に移動。そして更に、日本人会会長の農園に移動させられそこで最後の息を引き取りました。
S田氏は、各地で講演に呼ばれるなどの有名人となり、著書は3冊、(写真4)は当時としては珍しいカラー写真の花子が表紙の冊子です。死体は骨格標本(写真5)として、アスシオン国立大学獣医学部に保存されています。


(写真4)S田氏著書の表紙
(花子との生活について著した3冊の内の1冊で、当時としては珍しいカラー写真)


(写真4)S田氏著書の表紙
(花子との生活について著した3冊の内の1冊で、当時としては珍しいカラー写真)

まとめ

もう一つの「花子」は、20歳に満たない年齢で死亡しました。クル病による脚の変形は、体重の重いゾウにとっては負担が大きく、治療の困難な病気でした。その結果、治療のために国内を転々とし、最後は外国の南米パラグアイが死亡した場所となりました。
同じタイ生まれのアジア象ですが、井の頭の「はな子」と比べて「花子」のゾウ生について、皆さんはどのような感想をお持ちでしょうか。
「日本に連れてこられて幸せだったのか?」
いつまでもその答えは疑問のままですが、良かったなと思われるエピソードを最後に紹介します。
それは、一生を動物園で過ごした「はな子」とは違い点々と生活場所を変えた「花子」でしたが、折に触れ盲学校などの身体の不自由な子供たちの施設を訪れ体を触らせていたことで、多くの人々との触れ合いを果たし特に体の不自由な方からの応援が多かったようです。

参考:国内アジアゾウ物語

名称や飼育数など

(公社)日本動物園水族館協会(以後、日動水)では、アジアゾウの血統登録書を作成しています。それによると、これまで国内では、227番(頭)までゾウが登録されていますが、残念ながら、今回の「花子」は登録されていません。なお、国内初飼育の登録番号001番は、1888年上野動物園に来日したシャム皇帝から寄贈の雄ゾウで、1932年浅草花屋敷で死亡するまで44年間も飼育され、年齢は50歳を超えていました。丁度100番目は1971年に来日しています。この100(番)頭までのゾウのうち、花子(ハナ子、はな子、はなこを含む)という名前のゾウは、合わせて9頭もいて最も多い名前です。性別比はオス19頭、メス81頭と極端な差があります。また、2015年末のアジアゾウの国内生存現在数は、サーカスなどで飼育されている個体も入れて91頭(雄21、雌70)です。

参考文献など
1.南後志を訪ねて
2.病像花子と2000日 北苑社編(昭和48年10月)
第6回 おわり